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世界史は化学でできている【著者 左巻健男先生インタビュー】

みんな(みなさん)左巻先生の本を読んだことはあるかな。先生はこれまでに100冊以上も本を世に出しているから、読んだことがある人は多いかもしれませんね。先生は今年、『世界史は化学でできている』というおもしろい本を出しました。とってもよく売れて、たくさんの人が読んでいるとのことです。そこで先生にこの本のことや、自然など身の回りのこととどう向かい合っていけばいいのか、などについて話を聞きました。

Q:左巻先生は科学や化学に関係する本をたくさん出版してきました。そのなかでも、今回の『世界史は化学でできている』はたいへん好評のようです。かなり厚い本ですが、読み始めるとおもしろくてどんどん進みます。タイトルもすばらしいと思いました。

左巻:ありがとうございます。最初はここまで言い切るタイトルはイメージしていなかったのですが、最終的には、びしっといこうと決めました。このタイトルを頭に入れて自分の書いた文章を読み直してみると、そのとおりだ、世界史はまさしく化学でできているじゃないか、と思いを強くしました。

世界史は化学でできている

Q:新聞の書評欄でもとても高く評価されていますね。第18章までありますが、章の進め方もユニークです。

左巻:世界史は化学でできている、といったら、ふつうは最初に哲学の話は入れないですよね。つかみになるところだし。だけど、ぼくはわざと入れました。人類が知的なことに目覚めてからなにを追い求めきたかといったら、この世界はなにからできているか? ということだから。それをひとことでいうと元素なんだけど、その元素の探求というのは、結局、化学の探求ですよね。だから、そこから書き出しました。小中学生にはすこし難しいかもしれないですが、がんばって読んでみてほしいと思います。古代ギリシアという大昔の人類が、自然のいろんな不思議を考えたり、語り合ったりすることに喜びを見いだしていた。これはすごいことだと思います。こういう哲学的で理論的な探究とをひとつの柱として、そして、実際的な技術というのがもう一つの柱となり、両方あいまって化学の歴史は進んできたのです。

Q:それでは先生に、ずばり聞きます。世界史にもっとも大きな影響をあたえた出来事を3つ選ぶとしたらそれはなんでしょうか。

左巻:難しい質問ですね。だいたい3つということでお答えします。
まずは火の利用ですね。人類になる前の祖先は木の上で生活していたわけですよね。それが地面におりたって、歩き出した。人類は、二足歩行をすることで自由になった「手」で、道具を使うようになり、火を利用するようにもなった。はじめは火を恐れていたでしょう。自然に発火して山火事になったりして。でもそういうなかで、はじめは自然の火をとってきて、いたずらしていたんじゃないでしょうか。そして恐怖を乗り越えて、あやつれるようになった。しかも自然の火をとってくるんじゃなくて、自分たちで火をおこせるようになった。火を知った人類は、あかり、暖房、調理、猛獣からの防御に火を利用してきました。

Q:2つめはどうでしょうか。

左巻:とらえどころのない気体を突き止めたことでしょうか。気体がいろんな成分からできているとか、そういうことを探り当てた。とくに気体の中の貴ガスを発見したのはすごい。これはそんなに古いことではないんです。貴ガスは、周期表を提案したメンデレーエフの時代にはまだ分かっていないですから。

Q:3つめは?

左巻:鉄鉱石から鉄をとりだした人もすごいですね。具体的に名前を挙げられませんが、定説的にはヒッタイト帝国だといわれています。ところが近年、日本の調査団がヒッタイト帝国より約千年古い地層から人工的な鉄のかたまりを発見しました。そうすると「ヒッタイトが鉄の製造を始めて、製造技術を独占し、周囲を征服した」という通説がくつがえるかもしれません。とにかく、鉄を取りだしたのはすごいことです。かんたんには取り出せないんですから。

Q:今の世界だって、見渡してみれば鉄の構造物とか鉄の道具を主役として成り立っていますからね。

左巻:だから歴史の時代区分でも、石器時代、青銅器時代、鉄器時代というように「鉄」が使われています。それに、いまでも鉄器時代と言えますからね。

Q:それでは次の質問です。化学の歴史を語るうえでこの人はぜったいはずせないという3人を選んでください。

左巻:メンデレーエフは入りますね。かれが周期表のアイデアをいろいろ考えて発表するじゃないですか、すると周りからなんと言われたかというと、実験しないでそんなことやっていたらだめだって。だめな化学者だってかなり言われたんです。それでも彼は周期表についての考えを発表したんです。 一枚のカードに一つの元素の原子量と名前と化学的性質を書き込んだものを、原子量の小さい元素から順に左から右へ配置し、しかも原子価の同じ元素が上下に並ぶように、何段にも重ねて並べてみた。こうして「周期表」の最初の形ができたのです。それと、これまた有名な話ですが、メンデレーエフは、まだ多くの元素が見つかっていないことを予測して、周期表に「将来発見されると思われる元素」という空欄を設けたのです。そして後に、その空欄に入るガリウム、スカンジウム、ゲルマニウムが発見されます。ロシアのサンクトペテルブルクにいくと街角に壁一面が周期表という建物があり、そこにメンデレーエフの銅像があるんですよ。

「サンクトペテルブルクのメンデレーエフ像と大周期表」(2013年12月)

Q:ふたり目は?

左巻:この本の書き出しはファラデーの「ロウソクの科学」ですが、ぼくが一番好きな化学者はファラデーなんです。ファラデーは化学者でもあり、物理学者でもあります。電磁誘導の発見がすごいので、物理学のほうが有名かもしれませんが。

Q:好きだというのは、人間として好きだと?

左巻:当時は、化学の研究はお金に不自由しないひとが趣味でやっていることが多かった。かれのように貧しく生まれて、化学者になった人はなかなかいないんですよ。だからかれは数学ができない。学校でちゃんと教育を受けていないから。だけど数学の代わりに、すごい洞察力で、自然界を頭の中にぱっと数式なしにイメージできた人のようです。『ロウソクの科学』は一本のロウソクをもとにして、燃焼時に起こる様々な物理・化学現象を解説し、科学と自然、人間との深い交わりを伝えようとしています。いまでも全世界で読まれていますよ。吉野彰さんはじめノーベル化学賞の受賞者の何人かが、子ども時代に「なにに影響されましたか」と聞かれると、「ロウソクの科学」と答えています。

Q:もうひとりお願いします。

左巻:ラボアジェでしょうね。かれは「近代化学の父」と呼ばれました。ラボアジェその人が新しい元素を発見したわけでもないですが、でも化学を塗り替えたんです。彼は、プリーストリが「脱フロギストン空気」、シェーレが「火の空気」と呼んだ空気中の気体を「酸素」と名付けました。そして、「燃焼は可燃物と酸素が反応する」という燃焼理論を確立しました。それまでの「燃焼はフロギストンが出ていく」という説をひっくり返したのです。

Q:素晴らしい研究を成し遂げましたが、悲しい死に方をしたんですよね。

左巻:そうです。フランスの革命政府により、ギロチンで処刑されました。

Q:それでは世界史と化学を離れて、子どもたち、そして保護者や先生方にメッセージをお願いします。

左巻:これを読んでくれている子どもたちもそうでしょうけど、子どもたちは実験が大好きですね。いまでもぼくは小学生に授業やってるんです。ドライアイスを使った実験とか、ネオジム磁石を使った実験なんかです。

Q:どこで授業をしているのですか?

左巻:東京の新宿区です。区が「理科実験名人の授業」というプロジェクトをやっている。理科実験名人をよんできて、普通のクラスで2コマ連続の理科の授業をします。授業が終わると、もう終わっっちゃうの?ってみんなに言われます。ずーっと理科の授業ならいいのに、なんて言う子もいます。それほど、子どもたちは理科が大好きです。ただ実験が楽しいだけではなくて、そこからいろんな疑問が生まれて、それをどうしてだろうと考える。それが楽しいんですね。だからぼくは子どもたちによくこう言うんです。「学んでいなければ、たとえばぼくの授業を受けていなかったら、なんの疑問も生じないで、どんどん大人になって終わっていくよね。だけど、この授業を受けたために、この場合はどうなんだろう、あれはどうなんだろうと、いろいろ新しい疑問が生まれてくるのがすごいんだよ」って。そのとき、すぐに解決できなくても、いい疑問というのはどこかでまたぶつかるから、そのときに、あっ、これだ!って、解決したり、さらにもっと分からなくなったりする。そういうことがとても大事なんです。

(イメージ写真)

Q:不思議なことに気づいて、それはなぜなんだろう?と考える。そういうふうに自然や身の回りを見ていくと。

左巻:そして、わかったつもりになるな、ということが大事です。簡単に分かるわけはないんです。奥深いことですから。奥深いからこそ、全世界の化学者がいまでも一生懸命研究していて、研究しても研究しても研究し尽くされないほどのテーマがあるんです。

Q:最後の質問になります。地球温暖化問題とか海洋プラスチック問題など地球全体、人類全体にかかわるような大きな課題があります。子どもたちはこの課題にどう向き合っていったらいいでしょうか。

左巻:とても難しい質問ですね。すごく大事なことなんだけど、中途半端に知っていると、極端な考えになりやすい面があると思います。だから、問題を総合的に考えられるように子ども時代を過ごしたほうがいいと思います。そのためには理科も社会も国語もかたよりなく学ぶというのがすごく大切です。そうしないと、環境問題が起こると即、化学技術はダメだみたいに単純化する考え方になってしまいかねません。いろんな大きな問題をいまの子どもたちが解決策をきっと考え出してくれることを期待していますが、考え出してくれるような人間になるためには、最初からあまり大きな問題のほうに目を付けちゃわないほうがいいと思います。大きな問題というのは、いろんなものを土台にして成り立っていますから、土台をきちんとやったほうが、逆に近道かもしれませんね。

(イメージ写真)

たとえば『沈黙の春』という本がアメリカで1962年に出版され、ベストセラーになりました。おびただしい合成物質の乱用に警告を発した本ですが、それを書いたレイチェル・カーソンという女性は、自分の甥っ子と一緒に自然を探検したりするときに、『沈黙の春』に書いたような、人工化学物質が自然を破壊しているということを教えるんではないんですよね。彼女が甥っ子になにをさずけようとしたかというと、自然に対するセンス、なんです。自然のなかで、自然を自分が受け止めて、その自然について感性を研ぎ澄ませて、自然とのあいだにいろんな道筋をつくっていくような、そういうセンス。それを育てるというのがいちばんじゃないでしょうか。彼女は『センス・オブ・ワンダー』という本も書いていますが、彼女の願いは、すべての子どもが生まれながらに持っている「センス・オブ・ワンダー」、つまり「不思議さに目を見はる感性」を、いつまでも失わないでほしいというものでした。ですから、大きな問題に駆り立てられるより、自分の周りの自然とのあいだでいろんなつきあいかたができるんだよ、その付き合い方のなかで、人間もその自然の一員だということを感じるんだよ、そういうことが大切だと思います。

Q:左巻先生、とてもおもしろく、大切なお話しをありがとうございました。

profile

左巻健男(さまき・たけお)

左巻健男
(さまき・たけお)

東京大学非常勤講師。元法政大学生命科学部環境応用化学科教授。『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。
1949年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。 中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。 大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。
おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)など。