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「プラスチック」ってなんだろう?「プラスチック」ってなんだろう?

みなさんは最近、スーパーのレジ袋が有料になったり、 お店のストローが紙製になったりしているのを知っていますか。
もしかしたら、少し不便に感じているかもしれませんね。
これらの活動は、世の中から「プラスチック」ごみを減らすために行われています。

数年前、ある一つの動画が世界を大きく動かすきっかけを作りました。
生物学者であるクリスティーン・フィグナー氏が、 ウミガメの鼻の穴に長さ10cm ものストローが刺さっている様子と、 それを取り出そうとする動画をYouTubeにアップしたのです。

動画が投稿される前にも、海に漂うごみは、ずっと問題だと思われていました。
ですが、ストローをペンチで取り出すとき、 鼻血を出しながら苦しそうな表情をするウミガメの動画は、 これまでのどんな言葉よりも強いメッセージを大人たちに与えました。
2050年には、海にいる生き物すべての重さを足した数よりも多くの プラスチックごみが海に捨てられるという予想もあり、 いち早くプラスチックごみを海からなくそうという活動が世界中で始まりました。
紙製のストローや有料のレジ袋は、この活動のほんの一部なのです。

さて、ここでみなさんに考えてほしいことがあります。
「プラスチック」とは一体何でしょうか。
プラスチックは何でできていますか。
身の回りのものがなぜプラスチックでできているのでしょうか。
どうして海に流してはいけないのですか。
そして、プラスチックごみを減らすために、 わたしたちができることはあるのでしょうか。

なんとなくわかっていても、答えるのは難しいと思います。
でも大丈夫。大人でも正しく理解している人は少ないです。
ためしに、お父さんやお母さんに聞いてみてください。
少しごまかされてしまうかもしれませんね。

ここからは、プラスチックについて日本で一番すごい研究をしている大学の 先生のうちの一人、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の金子達雄先生が、 プラスチックについて教えてくれます。
プラスチックはなにでできているのか。
どうして使われるのか。
これから、どうやってごみを減らしていくのかについて、学んでいきましょう。

北陸先端科学技術大学院大学 
金子達雄先生が教えてくれました

プラスチックは人間が作り出した
形を自在に操れる便利なモノ

まず、人間や動物の身体は、分子というものの集まりです。いろいろな特性をもつ分子がたくさん集まって、やわらかい皮膚やかたい骨、目や髪などのパーツを作っています。植物も同じです。たとえば、ゴムノキからとれる樹液を少し加工することで、伸びたり跳ねたりするゴムになります。

プラスチックは、この分子を人間が使いやすいように組み合わせたものです。

およそ200年前の1835年にフランス人のルニョー氏が、温めるとやわらかくなったり硬くなったりして、できあがったときの形を自在に操れる便利な物質「プラスチック」を開発しました。そして1907年、ベルギー人のベークランド氏によって石炭から大量生産できるようになりました。

それまで、好きな形を簡単に作れる物質というのは本当に少なかったので、何にでも使える便利な物質として世界中に広まっていきました。200年の時間の中で、プラスチック自身もどんどん進化していき、電気が流れるプラスチックを作った白川英樹先生は、プラスチックがさらに便利になる偉大な発見をしたとしてノーベル化学賞を受賞しています。

かつて、人間は動物の皮や毛と木を使って家を建てていました。世界遺産である岐阜県の白川郷では、木造の伝統的な建築を見ることができます。今でも、モンゴルの遊牧民が暮らすゲル(パオ)は、木とヒツジの毛などから作られているのです。さらに現代では、プラスチックでも家を作ることができます。

さて、同じような使われ方をする、自然にあった動物の皮や木と、人間が作り出した便利な物質プラスチックは、どこがどう違うのでしょうか。

プラスチックは分解までの
時間が長すぎる

まず、違いがわかる簡単な例をあげます。学校のプリントなどをしまうクリアファイルは、プラスチックでできています。透明なので、わかりやすいですね。では、透明ならば全部プラスチックなのかというと、それは違います。苦い薬を飲むときなどに使われるオブラートは、透明ですがジャガイモから作られているのです。一見すると、同じような見た目ですが、水に溶けるか溶けないかという大きな違いがあります。

この違いこそ、プラスチックが悪者となってしまうすべての原因です。人間はプラスチックがより使いやすくなるように改良を重ねてきました。その結果、プラスチック自体が、頑丈で壊れにくい物質になったのです。

何も加工していない動物の皮は、微生物や細菌によって分解され、いずれ朽ちていきます。ほかにも、自然のものは水に溶けてバラバラの分子になったり、太陽の光でボロボロになったりします。人間の身体だってそうです。水と光があれば、いずれ分解されてしまいます。

一方で、プラスチックはどうでしょうか。プラスチックは普通、微生物や細菌に分解されたりはしません。ですが、完全に分解されないわけではありません。古くなったハンガーがある日、少しの力でパキッと折れてしまうのを見かけたことがあるのではないでしょうか。長い時間太陽の光を浴びると、分子同士のつながりが切れて、あのような自然な破壊が起きます。ナイロンというストッキングなどに使われるプラスチックは時間がかかりますが、水で分解が可能です。長い時間をかければ、プラスチックだって分解可能なのです。

この長い時間というのが、一番の問題点なのです。普通のプラスチックは、外に放置されて何年で完全に分解されるのでしょうか。50年という人もいれば、100年という人、それ以上かかると言う人もいます。プラスチックは100年前に大量生産が始まったばかりなので、分解にどれだけ時間がかかるかを正しく実験で示せた人がいないのです。

いずれにせよ、分解まであまりに長い時間がかかってしまうと、ごみとして海に出たプラスチックはずっと溜まり続けてしまいます。

海に出ても、害のないプラスチックを

科学者は、この問題に立ち向かうため分解されやすいプラスチック「生分解性プラスチック」の開発を始めました。その中で、一番開発が進んでいるのがポリ乳酸と呼ばれるプラスチックです。これは、微生物や細菌が分解できるようにしたプラスチックで、土や海の中だと1年から2年くらいの時間をかけて、ゆるやかに分解されていきます。どうでしょうか。これでプラスチックごみ問題は解決したと思いますか。

答えはNOです。ポリ乳酸には、プラスチックに求められる頑丈さが足りていませんでした。熱に弱く、普段の生活中でもすぐに割れたりしてしまいます。プラスチックごみを減らしたいけれども、プラスチックの便利さは残したいという、人間のわがままな要望をかなえることはできなかったと言えるでしょう。

そこで私たちは、使うときは頑丈で、ごみとして出てしまった場合にだけ分解が始まるようなプラスチックの開発を行っています。例えば、水や太陽の光が当たるだけでは分解せず普通にプラスチックとして使うことができますが、その両方が合わさったとき、はじめて分解が始まるようなプラスチックです。海の上に浮かんで、太陽の光を浴びているような状況でだけ分解が始まれば、それ以外のときは普通に使うことができます。

ごみになった瞬間からプラスチックの中でスイッチが入って分解が始まるような材料なら、便利さとごみ問題を同時に解決することができるのです。しかも、私たちの予想では、スイッチとなる分子を、今まで使っていた普通のプラスチックに少しだけ混ぜることで、分解に長い時間がかかるプラスチックの分解時間を早めることができます。実現すれば、これまでの生活をほとんど変えることなく、環境へのやさしさを付け加えられるのです。

すでに、一部に分解しやすい分子を入れたバイオナイロンという材料を開発しました。今後も、いろいろなプラスチックを、便利さを保ったまま分解できる材料に変えていきます。

すぐに分解させる必要はないのではないか

私たちは、早めの分解にはこだわっていません。カメやイルカ、魚といった海洋生物が、ごみとなったプラスチックを食べて苦しまなければいいわけです。そこで、水と反応してやわらかくなるプラスチックも同時に開発しています。

世界では、海での分解について、半年でプラスチックのほとんどが分解しなければ、それは海洋生分解性プラスチックじゃないと決めています。ですが、問題となるのは、海洋生物へのダメージです。水を吸ってやわらかくしてしまえば、ダメージは防げるのです。

海にごみとして出たら、すぐにやわらかくなり、バラバラになる。その後、数年間かけてゆっくり分解していくという仕組みも、今後、発信していきたいと考えています。

世界はすぐに変わらない。
海に行ったらごみを拾おう

私たちを含め、世界中の科学者がプラスチックごみを何とかしようと競うように材料開発を行っています。ですが、世の中そう簡単には変わりません。開発には何年もの時間がかかります。また、今すでに海にあるごみが分解されるには長い年月が必要です。

海をきれいにするためには、みなさんの協力が不可欠です。海に行ったらごみを一つでいいので拾って帰ってきてください。海へのポイ捨ては絶対にやめてください。日本人には、心の豊かさや余裕があると信じています。海に囲まれた日本だからこそ、プラスチックごみに真剣に向き合い、きれいな海を実現していく必要があります。あくまで、その一つの手助けとして、海で分解するプラスチックを開発していくのです。

世の中がプラスチックごみについて自然と考えて、海にごみが流れない世界になれば分解性のプラスチックなんて開発しなくてもいいのですから。

研究とは、新しい未来を切り開くための力の源です。
インタビューに答えてくれた金子達雄先生は、世界的な問題を解決する研究にお金をかける
「ムーンショット型研究開発制度」で、プラスチックごみ問題のリーダーをしています。
近い将来、みなさんが金子先生と一緒に研究を進めて、
プラスチックごみ問題を解決する日が来るかもしれませんね。
そのためにも、ぜひ、学校での勉強をがんばってみてください。

profile

金子 達雄(かねこ たつお)

金子達雄
(かねこ たつお)

東京工業大学工学部有機材料工学科を卒業し、同大学の大学院で博士(工学)を取得する。
国内外の大学で経験を積み、北陸先端科学技術大学院大学の教授となる。
日本有数のプラスチックの研究者。「ムーンショット型研究開発制度」で、プラスチックごみ問題のリーダーも務める。動物や植物とふれ合うことが好き。

金子先生が教授を務める「大学院大学」とは

大学というところは、たいていの場合、いろいろな学問の土台となる部分を勉強する「学部」と、そこを卒業した後、さらに高度なことを学び、専門家や研究者を育成する「大学院」という2つの組織でできています。
いわゆる「大学生」が通うのは学部のほうです(法学部とか、工学部などがあります)。
大学院大学は、学部のない大学院だけの大学のことです。「専門家になりたい、研究者になりたい」という人だけが集まる場所ですから、学ぶことが好きな人にとってはぴったりの場所です。