地球が息をしている?
はじめまして。突然ですが、ちょっと質問させてください。
あなたは「呼吸」ってどんなしくみか知っていますか?
答えを言いましょう。呼吸というのは「空気のなかにある酸素(O)を吸って、体のなかにある二酸化炭素(CO2)を吐き出すこと」をいいます。気がつかないうちに呼吸によって必要な酸素といらなくなった二酸化炭素を入れかえることで、私たち動物は生きることができます。
一方、植物たちは少しちがうことをしています。私たちと同じく酸素を使って生きているのですが、二酸化炭素も利用して生きています。太陽の光を利用する「光合成」と呼ばれるもので、二酸化炭素にふくまれる炭素(カーボン、C)から、栄養や体の成分を作り出しています。ところで、私たち動物は酸素だけでは生きていくことはできませんよね。なにか、ものを食べなければなりません。草食動物は植物を食べ、その動物を食べて肉食動物は生きています。私たち人間も、しっかりと食事をして栄養をとることで毎日元気にすごしていますが、それももともとは植物に支えられています。また、植物も動物のうんちや死んでしまった動物を栄養にしています。みんな輪のようにつながっているでしょう。これが動物と植物の切っても切れない関係です。
私たち人間もそうですが、動物も植物も地球でくらしています。地球をおおう大気(空気)によって動物は呼吸、植物は光合成をすることができ、大気中の水蒸気によって雨を降らすことで豊かな森林や大地を作り上げています。つまりこのしくみは、動物と植物の切っても切れない関係をやさしく見守っている「地球の呼吸」なんです。
今、地球は悲鳴をあげています
私たちに恵みをあたえてくれている地球には今、異変が起こっています。それは大気にある二酸化炭素の割りあいが高くなっていることです。私たち人間がたくさんの二酸化炭素を排出していることに原因があるとされ、植物が光合成で使う以上の二酸化炭素が大気に出されて、大気中の二酸化炭素の割りあいが上がり、地球の呼吸が乱れてしまっています。
「はあはあ」と苦しそうに息をする今の地球は、かなりあぶない状態にあると言っていいでしょう。二酸化炭素は「温室効果ガス(GHG)」とよばれ、太陽のエネルギーをたくわえて地球の気温を一定にたもつ役割をしていますが、大気中の二酸化炭素の割りあいが高くなると、気温が上がってしまいます。すると、せまい地域にいきなり大雨がふってくる「ゲリラ豪雨」やとんでもない暑さなどの異常気象がさまざまな地域で起こります。このまま二酸化炭素の割りあいが上がり続ければ、さらに大変なことになると考えられています。
これを食い止めるのが、「カーボンニュートラル」です。これは、どうしても作られてしまう炭素と、地球が吸収できる炭素の量を同じにして、地球の呼吸のバランスを整えることをいいます。そのためにまず世界が目標にしたのは「人間が二酸化炭素の排出を止め、大気中の炭素の割りあいをこれ以上増やさないこと」でした。今、国際的な約束「パリ協定」にもとづいて日本をはじめ世界的にカーボンニュートラルの取り組みが進もうとしています。
「炭素循環」で大気中の二酸化炭素をへらす
二酸化炭素の排出を止めるだけでなく、あえて二酸化炭素を使うことで大気中の二酸化炭素の量をへらし、コントロールしようとする動きも出てきました。光合成をする植物に頼ってばかりではなく、人間も努力しなければいけません。
ここで登場するのが人類が長年つちかった科学技術です。中でも炭素などの「元素※1」を使いこなす「化学」を中心とした技術がその主役になってきます。たとえば、今注目されている科学技術には「私たちが使うプラスチックなどの製品を大気中の炭素(二酸化炭素)から作り出す」というものがあります。こういう技術は、まるで大気と人間が炭素でキャッチボールをしているように見えるので、「炭素循環※2」と呼ばれています。
しかし残念ながら、今の人間の知恵では、まだまだカーボンニュートラル、炭素循環を実現することはできません。そのためには、実現のカギをにぎる化学をもっともっと発展させていくことが大切になってきます。では、化学を発展させるためにはなにが必要でしょうか?
そう、化学を使いこなしたり、化学の将来について考え、研究する人たちを増やしていくことです。
「国際化学オリンピック」に挑戦しよう!
これからの社会がどう成長していくかは、あなたの活躍にかかっています。それは化学の分野でも同じです。
毎年夏に行われる「国際化学オリンピック」(IchO)を知っていますか? 各国からえらばれた高校生が集まって、超高校級※3の化学知識に挑戦する「科学のお祭り」です。今年の中国大会(第54回)は7月10日から18日までの9日間で、オンライン※4による試験や国際交流が行われました。
このイベントは「オリンピック」なので成績によって金・銀・銅のメダルがもらえます。金メダルは参加者のわずか1割ほどしかえらばれませんが、出場すれば世界に友達を作る絶好のチャンスになります。
日本からは浅野高校(神奈川県)3年の直井勝己さん筑波大学附属駒場高校(東京都)2年の石川貴士さん、伊勢崎市立四ツ葉学園中等教育学校(群馬県)6年の柏井史哉さん、立命館慶祥高校(北海道)3年の中地明さんが出場しました。4人は大活躍、全員が金メダルに輝きました。これまで日本代表は1回の大会中に金メダル2個銀メダル2個が最高で、4個の金メダルは初めてです。また、日本代表は昨年まで18年続けて全員が金銀銅のいずれかのメダルを取っていたので今年で19年連続となりました。
ここで、日本代表への道のりをご紹介しましょう。まずは国内でおこなわれる「化学グランプリ」への挑戦です。1次選考は毎年7月(海の日)に全国の会場で行われます。1次選考を通過した80人くらいが8月の2次選考に進み、成績上位者は表彰されます。そして次の年の国際化学オリンピックの日本代表も、ここで選ばれます。まず、秋に20人くらいの日本代表候補が選ばれ、さらにレベルが高い国際大会に向けたトレーニングが行われ、最終的に4人の代表選手が決まります。今回の中国大会の日本代表4人はなんと昨年の挑戦者1938人の中から選ばれました。
化学の国際大会に行けるのは高校生(高専※5などは高校生と同じ1年生から3年生まで)ですが、選手を決めるのは大会の前年なので日本代表候補は中学3年から高校2年生が選ばれます。日本代表には1回だけしかなれませんが、化学グランプリには小学生でも参加できますので、日本代表を目指してチャレンジしてみて下さい。もちろん、化学にとどまらず物理学、生物学、算数・数学といった科学(サイエンス)の勉強も大事ですが、英語はもとより、国語、歴史といった、人の心や行い、そして人と人のつながりについて考えるための知識もたくさん学んでくださいね。
化学って、すごいでしょう?
「化学」は地球にくらす生き物たちや、私たち人間のくらしに欠かせない技術なのです。日本にはノーベル化学賞の受賞者をはじめとする数多くの研究者がおり、多くの化学企業※6が世界で活躍しています。
では、「化学」って結局どんなものなんでしょう。先ほど「元素を使いこなすのが化学」とお話ししたことを思いだしてみてください。ちょっとむずかしいかもしれませんが、少しだけ説明させてください。
私たちをはじめとする生き物、食べ物、身のまわりのものは目では見ることはできない粒(粒子)に細かく分解することができます。これが「分子」と呼ばれるもので、原子が集まってできています。
鉄(Fe)、酸素(O)、ケイ素(Si)や水素(H)、炭素(C)などが有名な原子で、原子の種類を分ける時は原子を元素と呼びます。ちなみに水は「水素原子が1個と酸素原子が2個でできた分子」(H2O)で、空気(大気)は窒素分子(N2)、酸素分子(O2)、水素分子(H2)や「酸素原子2個と炭素原子2」でできている二酸化炭素分子(CO2)などの分子がいろいろとまざった気体です。このように化学の知識があれば「いろんなものがどんな種類の細かい粒でできているか」を理解することができます。
そんな化学は分子を上手に使って、自然では少ない物質やこれまでにない新しい物質(素材・材料)を生み出す力を秘めています。大学や企業などでの研究や開発では今まで知られていない発見をすることもあり、大きなやりがいに出会うことができます。
もちろん、化学は研究に取り組む化学者(ケミスト)や、化学でものづくりをする技術者だけのものではありません。化学は私たちの生活でも身近な存在です。私たちがこうして生きていることだって、化学そのものです。ごはんを食べて力が出ることも、サッカーの試合に勝ってうれしかったあの気持ちも、すべて体の中で起こっている「化学」が生み出したものです。どうです? 化学ってすごいでしょう? これを読んでくれたあなたが、ちょっとでも「化学っておもしろそう!」と思ってくれたら、とてもうれしいです。
それと最後に一つだけ。化学に限らず、正しい知識、幅広い知識をどうかたくさん身につけてください。「ちゃんとした知識をもっている」と、いろんなものが楽しくなります。そして、「なぜ、どうして」という、ほんとうのことを探し出すための「探究心」を持っていると、今まで誰も見つけられなかった「面白いもの」に出会うことができます。楽しいもの、ワクワクするもの、面白いものをいっぱい見つけてください。
- ※1 この世界にあるいろいろなものを形作る「材料」のことです。すべてのものは元素でできています。
- ※2 「循環」というのは「同じところをぐるぐる回り続ける」という意味です。
- ※3 「ふつうの高校生よりもすぐれたレベル」という意味です。すごいですよね。
- ※4 インターネットでいろんなものや人がつながった状態のことです。
- ※5 「高等専門学校」のことです。高専は、主にものづくりについて5年間しっかりと学ぶ学校です。中学校を卒業したら受験できますので、理科や算数が好きな人は目指してみるのもよいかも知れません。
- ※6 化学の力を使ってものづくりをする会社です。あなたが着ている服も、スマホも、さっき食べたおやつも、みんな化学企業がつくった「材料」が使われています。化学の力をかりないと、私たちの生活は原始時代に逆もどりしてしまいます。